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昭和・平成の名優「綿引勝彦」の名演技を見逃すな!

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昭和・平成の名優「綿引勝彦」の名演技を見逃すな!

昭和・平成の名優 綿引勝彦さんが亡くなってしまいました。その綿引勝彦さんの名演技を日本の映画史・時代劇研究家の春日太一さんが連載されている春日太一の木曜邦画劇場で語られていますので紹介させて頂きます。

鬼政との一騎打ちは仲代に憧れた綿引が挑んだ決闘だ!

春日太一の木曜邦画劇場より引用

綿引勝彦が亡くなった。

一九九〇年あたりを境に『鬼平犯科帳』の密偵役や『天までとどけ』の父親、『ポケットモンスター』のCMなどに出演し、度量の大きい、柔和な役柄も演じるようになったが、その前は違っていた。

七〇年代、八〇年代は刑事ドラマやテレビ時代劇で主に悪役を演じている。ゴツゴツした顔、鋭い眼光、野太く圧の強い声――綿引が悪役をやるととにかく恐ろしく、まだ子供だった身には怖くて仕方なかった。本当に悪夢に出てきて追いかけ回されたのは、この人だけだったと思う。

今回取り上げる『鬼龍院花子の生涯』は、そんな時期の綿引らしい迫力を堪能することができる一本である。

舞台は、大正から昭和初期にかけての高知。侠客の鬼政(仲代達矢)とその義理の娘・松恵(夏目雅子)との愛憎と葛藤の物語が、やくざ組織の抗争と共に描かれる。

綿引が演じるのは、鬼政と抗争する末長(内田良平)の兄弟分・三日月次郎だった。次郎は鬼政をつけ狙う。

その登場シーンからして素晴らしい。鬼政が海辺で子分の兼松(夏八木勲)とたたずんでいるところに、「なめたらいかんぜよ!」と啖呵を切って次郎は現れる。風に羽織がはためき、手には刀身の長い刀。そして、標的を見据える殺気に満ちた眼差し――。見るからに恐ろしい。

次郎は兼松を一蹴、鬼政に襲いかかる。波が激しく打ちつけ、風が吹きすさぶ土佐の荒海。それをバックに繰り広げられる喧嘩はド迫力だった。

終盤、辛うじて生き延びた兼松を見下ろしながらトドメを刺す場面の冷徹な眼差しも、ゾクゾクしてくる。

そして、最後はもちろん、鬼政との一騎打ちだ。敵地に乗り込む鬼政。待ち受ける次郎。無数の裸電球が吊るされた橋の上で両者は相まみえる。

これが、とにかく圧巻なのだ。狂ったように刀を振るいながら襲いかかる次郎。必死の防戦の鬼政。自らも傷つけながら、鬼政は次郎を刺す。さらに追いすがる次郎の額に振り下ろされる鬼政のドス。それでも次郎は、鬼政の首に後ろから組みつく。鬼政は振り返らずに、刺す。が、次郎はなおも倒れない――。

まさに死闘だ。満点のギラつきで演じる仲代に対して、綿引も当たり負けしていない。

後で本人に聞いた話では、綿引は仲代に憧れて俳優の道に入ったのだという。それが、大作映画のクライマックスで仲代と一騎打ちできる位置まで来た――。その想いを胸に、綿引は仲代に全力で挑みかかり、仲代も全力で受け止めた。

そんなぶつかり合いが、凄まじい殺気と緊迫感に満ちた決闘シーンを生み出したのだ。

鬼龍院花子の生涯




大正十年、松恵は土佐の大親分・鬼龍院政五郎の養女となった。松恵は政五郎の身の回りの世話を命じられたが、鬼龍院家では主屋には正妻の歌が住み、向い家には妾の牡丹と笑若が囲われており、その向い家に政五郎が出向く日を妾二人に伝えるのも幼い松恵の役割りだった。

ある日、政五郎は女や子分たちを連れ土佐名物の闘犬を見に行った。そこで漁師の兼松と赤岡の顔役・末長の間で悶着がおき、政五郎の仲介でその場はおさまったが、末長は兼松の持ち犬を殺すという卑劣な手段に出た。怒った政五郎は赤岡に出むいたが、末長は姿を隠していた。帰りぎわ、政五郎は末長の女房・秋尾の料亭からつるという娘を掠奪した。この確執に、大財閥の須田が仲裁に入り一応の決着はついたが、以来、政五郎と末長は事あるごとに対立することになる。

これが機縁となってつるは政五郎の妾となり、鬼篭院の女たちと対立しながら翌年、女児を産んだ。花子と名付けられ、政五郎はその子を溺愛した。勉強を続けていた松恵は、女学校に入学した。昭和九年、土佐電鉄はストライキの嵐にみまわれ、筆頭株主である須田の命を受けた政五郎はスト潰しに出かけた。



そこで政五郎はストを支援に来ていた高校教師の田辺恭介と知り合い意気投合、須田から絶縁されるハメに陥った。だが政五郎は意気軒昂、田辺を十六歳になった花子の婿にし一家を継がせようとしたが、獄中に面接に行かされた小学校の先生となっていた松恵と田辺はお互いに愛し合うようになっていた。

やがて出所した田辺は政五郎に松恵との結婚を申し出、怒った政五郎は田辺の小指を斬り落とさせた。そして数日後、政五郎に挑みかかられた松恵は死を決して抵抗、転勤を申し出、鬼龍院家を出た。

十六歳になった花子と神戸・山根組との縁談が整い、その宴の席で歌が倒れた。腸チフスだった。松恵の必死の看病も虚しく歌は死んだ。松恵は再び家を出、大阪で労働運動に身を投じている田辺と一緒に生活するようになった。だが、花子の婚約者がヤクザ同士の喧嘩で殺されたのを機に、田辺と共に鬼龍院家に戻った。

南京陥落の提灯行列がにぎわう夜、花子が末長に拉致され、これを救おうとした田辺も殺された。政五郎が末長に殴り込みをかけたのはその夜のうちだった。それから二年後、政五郎は獄中で死んだ。そして数年後、松恵がやっと消息を知り大阪のうらぶれた娼家に花子を訪ねた時、花子も帰らぬ人となっていた。



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