SNSで疲弊している人は「名言」を読むといい
東洋経済on-line2019/08/10 5:50配信記事より引用
齋藤孝が選ぶ「心を支える日本人の名言」
「いいね!」を求める心があなたを疲弊させる
心は移ろいやすく、今日は調子がよくても、明日にはどうなるかわかりません。フラフラと動きやすく折れやすい心だから、支えてくれるものが必要です。それが名言です。名言は、読んでなるほどと言って終わらせるのではなく、心の支えとして使うべきなのです。
近年また名言に注目が集まっているように感じます。それは、氾濫する言葉の中で「拠り所」を見つけるのが難しくなっているからかもしれません。
インターネットが発達し、SNS全盛の現代には言葉があふれています。暴力的な言葉、ネガティブな言葉。一見正しいようだけれど、その正しさを押し付けてくるような言葉。言葉に振り回されていると、エネルギーは消耗します。
SNSに日常思っていることをアップしたり、LINEなどのコミュニケーションツールでやり取りしたりすることが多い現代では、言葉を発信する機会が圧倒的に多くなっています。
それは、つねに評価にさらされることと紙一重です。「いいね!」の数、リツイートの数、相手からの反応。評価を前提に発信しようとすると、無意識に言葉を修正してしまいます。
それは大きなストレスです。本来の自分、自分の人生というものを大切にしていないのですから。結局、発信するほどエネルギーを消耗していきます。
名言は心の砦になります。雪崩のように心が崩壊するのを食い止め、漏電のようにつねにエネルギーが消耗されていくのを防ぎます。名言を自分のものとするには、まずしっかり自分に刻み込むことが必要です。
「これは」と思う言葉に出合ったら、その場で声に出して何回か読みます。言葉の持つリズムとともに、身体で覚えるような感覚です。そのときのコツは、感情を込めることです。
例えば、宮本武蔵の「遠き所を近く見、ちかき所を遠く見る事」は、刀を持った武蔵になったつもりで、構えながら言ってみる。自分なりのイメージで構わないので、少々大げさなくらいに感情を込めて言うとインパクトが出ます。「読んでいる」というより、「体験している」感覚になります。
そして、日常生活の中で使っていく。引用したり、判断基準としつつ行動したりして、使うのです。そうする中で、名言は心を支えるものになっていきます。
齋藤孝が選んだ名言の一部を紹介
赤塚不二夫
『天才バカボン』(『週刊少年マガジン』講談社)
バカボンのパパの口癖より
バカボンのパパは「〜なのだ」と言い切ります。「〜なのだ」という断言は、自分の態度やポジショニングを明確にします。責任も生じる。だから多くの人は「〜であると思われる」「〜ともいえるかもしれない」「〜みたいな」などと言って逃げを用意したくなるものです。ところが、バカボンのパパはいつも断言する。腹が据わっているのです。
その場その場の状況における自分の態度を明確にし、「これでいいのだ」と行動を加速していくすごさ。こんなに断定し、肯定し、突き進む日本人がほかにいるでしょうか。
「これでいいのだ」と言うと、勢いがついて先に進める。自分を肯定し、状況を肯定して前に進むのです。肯定するからエネルギーがでます。そして状況を好転させていくことができます。
西郷隆盛
『氷川清話』(勝海舟・著 講談社学術文庫)より
時は1868年。薩長を中心とした討幕軍の代表が西郷隆盛。徳川慶喜の首を取るまで気が済まないぞと言わんばかりの、血気盛んな武士たちが江戸城に向かいます。
片や幕府側の代表が勝海舟です。勝は西郷へ会談を申し込みます。かくして、西郷隆盛と勝海舟のトップ会談が江戸の薩摩藩邸で行われました。勝は、江戸城は明け渡すから、戦はやめてくれ、徳川家も存続させてくれといいます。
(『氷川清話』勝海舟・著 江藤淳、松浦玲・編 講談社学術文庫)
荒ぶる討幕軍を抑えなければならないという大きな課題がありながら、「私が一身にかけて御引受けします」という心意気。なんというすごいリーダーなのでしょうか。
「これは誰々に聞かないといけない、こっちは誰の責任であっちは誰のせい」などとやっていれば到底成し遂げられません。すぐに約束を破ったり、責任の所在をあいまいにしたりするトップ会談も多く、交渉決裂するわけですが、そういうトップは西郷のこの言葉を肝に銘じなければなりません。
簡単なことでもいいから、「いろいろむつかしい議論もありませう(しょう)が、私が一身にかけて御引受けします」と言ってみてほしい。声に出して言うと、腹に西郷がいて成長を助けてくれる気がします。
『銀河鉄道の夜』に学ぶ
宮沢賢治
『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治・著 新潮文庫)より
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」は、『銀河鉄道の夜』の中で主人公のジョバンニが言った言葉です。死者たちを乗せて銀河を走る鉄道。哀しみの空間の中でジョバンニは人の幸福のために何ができるかと考え、そして本当の幸福とは何かを考えるのです。
本当の幸福とは何か、定義づけることはできません。いいことばかりがあるわけではなく、つらいこと悲しいこともある。悲しみも心の地層に積み重ねながら、本当の幸福を考え続け、少なくともそこへ向かおうとすることが大切だと賢治は考えていたのでしょう。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」という言葉は、人生の道で少しでも正しい方向へ向かおうとすることを助けてくれます。
落ち込んでいるときも、「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう」と自分に問い直してみると「そうか、いまとらわれていた思いは、本当の幸福とは関係ないか」と思えるかもしれません。人生の道を進む伴侶にしたい名言です。
「声に出して読む」の次は暗唱すること。覚えてしまって、そらで言えることが大事です。
そのときは意味がよくわからなくても、身体に刻まれていると、あるとき「こういうことだったのか」と気づく。そしてことあるごとに判断を助けてくれる。偉大な先輩からつねにアドバイスをもらえるようなものなのです。
「己の欲せざる所、人に施す勿れ」(『論語』)を心に刻み込んでいると、折に触れて「これは自分がやられたら嫌だからやめておこう」と判断ができます。この言葉が自分を正してくれるのです。
ですから、本当に大切なのは言葉が身に付くまで練習することです。まずは暗唱して言葉を自分のものにし、その言葉で実践する。言葉で鍛錬して自己を鍛えるというイメージでしょうか。
名言を引用し、日常の中で積極的に使う
名言を身に付けるコツは、どんどん引用することです。心の中でただ唱えているだけではなく、文脈に合わせて名言を引いてきて、自分の言葉ともつなげてみる。そうやって日常の中で使います。
引用すると、もともとその言葉を言った人の精神と自分の精神がつながり、過去から現在、そして未来へと続く精神の系譜のようなものができて強くなった気がします。
極端に言えば、本を100冊読んで一言も引用できないより、1冊だけ読んで1つでも引用できるほうが価値はあるのです。
言葉との向き合い方がわかったら、ぜひどんどん「マイ名言」を増やしていってほしいと思います。自分なりにいいと思った言葉、今の自分を助けてくれる言葉が「マイ名言」です。「座右の銘」と言うとちょっと構えすぎてしまうし、「私のもの」というところが重要なので、そう呼んでいます。
これはという言葉に出合ったら、グルグルと囲ったりマーカーを引いたりして際立たせます。近頃は線を引きながら本を読む人が減っているように感じますが、それも「自分の血肉にしたい」というような意識が薄れているからかもしれません。
手帳やノートにメモするのもいいでしょう。いずれにせよ、「あ!」という瞬間にすかさず言葉をとらえることが重要です。あとから「いいこと書いてあったな」と思い出そうとしても、だいたいは忘れてしまいます。
名言への意識が高まると、マンガを読んでいても、映画やドラマを見ていても、「これは」という言葉に出合うと思います。それもメモ。しっかりつかまえてマイ名言にしてしまいましょう。
このようにして名言力を高めていくと、自分の心を支えるのはもちろん、悩んでいる人の心を支える手助けもできるようになるでしょう。言葉のプレゼントをして、喜んでもらうのです。
それは先人たちの名言の引用かもしれないし、オリジナルの言葉かもしれません。そう考えるとさらにワクワクしてこないでしょうか。
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