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日本・韓国・北朝鮮問題の今、崔 洋一監督作品を観てみよう!

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日本・韓国・北朝鮮問題の今、崔 洋一監督作品を観てみよう!

日本と韓国の政治問題や北朝鮮の相変わらずのミサイル発射などきな臭い状態が続いている中だからこそ、崔 洋一監督作品を観直してみたい。日本人では解らない部分を在日二世の崔 洋一監督の作品には強いメッセージがあると思います。暴力や性だけでない崔 洋一監督のメッセージを受け止めて頂きたい!

崔洋一

映画.COMより引用

1949年7月6日、長野県に在日コリアン2世として生まれる。東京朝鮮中高級学校を卒業後、照明助手として映画界へ。大島渚監督や村川透監督の下で助監督を務めた後、81年にテレビ映画「プロハンター」で監督デビュー。映画初監督作「十階のモスキート」はベネチア国際映画祭に出品された。在日外国人を題材にした「月はどっちに出ている」で数々の映画賞を獲得して大きな注目を集める。96年には韓国の延世大学に留学。帰国後に監督活動を再開し、ビートたけしを主演に迎えた「血と骨」で日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞するなど、ヒット作を続々と世に送り出している。06年にはアクション映画「ス」で韓国進出を果たした。

崔 洋一監督作品

配信期間の情報は2019.08.08現在は日本最大級の動画配信 U-NEXTでの配信期間です。

いつか誰かが殺される




財閥・永山家では毎年、家長である志津の誕生日に一堂に会して賭けに興じることになっている。今年の趣向は、実在しているかどうか分からない人物を探し出してパーティーに招待しようというもの。子供達の名前の一文字をそれぞれとり、また、夫が死んで18年ということでモリヤアツコ、18歳なる人物を志津は選んだ。早速、探偵・橘進之介が派遣された。その頃、守屋敦子は、高校生活最後の夏休みを迎えていた。新聞記者をしている父・洋一とのデート中、高級ブランドが並ぶブティックで試着室を出た敦子の前から、父の姿が消えた。ブティックの店長・高良和夫をツケ馬にして彼女は帰宅したが、父の姿はない。不信を抱いた敦子は、新聞社を訪ねてみるが、やはり不在。編集長の山形は、「お父さんから、何か預からなかったか」と問う。帰り際、敦子はバッグの中に小さなフロッピーディスクを発見。その足でクラスメイトのパソコン少年・渡壁正太に解読を頼んでみる。敦子が帰宅すると、部屋中荒らされており、男女の二人連れが飛び出して行った。翌日、再び敦子が新聞社を訪れると、新聞社はつぶれていた。そこに橘が現れるが、彼をふり切って飛び出した敦子に昨日の男女が襲いかかる。バイクで逃げる彼女を救ったのは、高良と店員・趙だった。敦子は高良がリーダーとなっている妙なグループに身を寄せることになる。彼らは偽ブランド商品を売って生計を立てているまがい者師達であったが、高良の恋人・梨花ら、グループの優しさは心地良い暖みを持っていた。やがて正太によってフロッピーディスクの内容が解読された。それは、東京で暗闇する国際スパイ組織のリストの全てで、敦子の父もスパイの一員だった。同じ頃、国際スパイの組織に捕えられた父は、この世の人でなくなろうとしていた。そして、敦子が隠れていたグループの家も警察の急襲を受ける。グループはバラバラになり、梨花は娘・百合と共に沖縄へ旅立った。敦子は、一人残った高良と共に事件の関係者を集め、フロッピーディスクのコピーを配る。その席で橘は、漸く敦子に志津からの招待状を渡すことができた。永山家を訪れた敦子は、志津と彼女の祖父母が昔、中国大陸で一緒だったことを知る。敦子は高良と愛を確かめあった後、彼にもっと相応しい女性になるために、バイクで旅立って行った。

1984年製作/97分/日本/
配給:東映

2020年3月27日 23:59まで配信©1984KADOKAWA

犬、走る DOG RACE




新宿警察署生活安全課の刑事・中山は、韓国人の情報屋・秀吉と上海美女の恋人・桃花とつるんではかなり危ない生活を送っている。新興勢力のヤクザ・愛虎組に警察情報を横流しして見返りの金を受け取ったり、ヤクに手を出しその勢いでボッタクリバーを強制調査して手柄を立てたり…。そんなある日、桃花が秀吉の部屋で死体で発見された。彼女は、中山に隠れて秀吉や弟の健祐たちとチュンマネや闇送金、売春、密入国の手助け、裏バカラ屋などで荒稼ぎをしており、敵も相当にいたようだった。そして、更に彼女は愛虎組の組長・権田の愛人でもあったのだ。秀吉の告白で、桃花が権田と裏バカラ屋オープンに際していざこざを起こしていたことを知った中山は、桃花の死体を真犯人である権田に返すべく、秀吉と一緒に桃花の死体を背負って夜の町をさまよう。漸くの思いで、権田の車のトランクに桃花の死体を乗せることに成功した中山と秀吉。権田との話し合いもつき、騒動は一件落着する。ところが安心したのも束の間、権田に拉致された秀吉は、警察に手柄を立てさせ組を守るという警察との裏取引の拳銃運搬を命じられるのだった。しかし、秀吉が言われた通り現場に拳銃を運んで現れた時は、既に警察が現場検証をしている真っ最中で、しかも怯えた秀吉が拳銃をぶっ放したことから、事態は新宿界隈を舞台にした大騒ぎの大追跡劇に発展してしまう。秀吉が逃げた先は、愛虎組の事務所だった。それに続いて事務所に乗り込む中山たち警察グループ。このどさくさに乗じて中山は、権田たちを一斉検挙することに。実は、これは中山と秀吉が仕組んだ大芝居だったのである。だが、たったひとつ計算違いがあった。芝居で撃たれる段取りになっていた秀吉が、防弾チョッキを着るのを忘れていたのだ。中山の腕の中で息絶える秀吉。新宿に静けさが戻った。働きづめでろくに眠っていなかった中山も、やっと休息を取ることが出来る…。

1998年製作/110分/R/日本/
配給:シネカノン

2019年9月30日 23:59まで配信R15+
© 1998東映ビデオ株式会社

月はどっちに出ている




在日コリアンである姜忠男カン・ユンナムの勤める金田タクシーは、仕事を離れれば同級生である世一が二代目社長としてきりもりしていたが、従業員は元自衛隊員の新人・安保、忠男にまとわりつくパンチドランカーのホソ、ヤンキーあがりのおさむ、強欲な谷爺、出稼ぎイラン人ハッサンなど、きちんとした会社勤めには不向きな連中ばかり。忠男もまた北だ南だ、統一だとかまびすしい周囲には目もくれず、もっぱら女の子を口説くことに忙しかった。ある日、彼は母・英順の経営するフィリンピン・パブで働くことになった、妙な大阪弁を喋る新顔コニーに出会う。忠男はあの手この手でコニーを口説くが、たくましい彼女には通用しない。だが半ば強引にコニーを抱いた忠男は、ちゃっかり彼女の部屋に引っ越しまでしてしまった。そんな二人の周辺も、また日々変化していく。世一はゴルフ場投資で騙される。洗車係のハッサンは勝手に車を動かし、逮捕されてしまう。目に余り言動のおかしくなったホソも行方をくらまし、故郷の新潟で保護される。さらには英順とコニーが大喧嘩をやらかす。忠男もまた、訳知り顔の若い日本人サラリーマンの客が無賃乗車で逃げ出し、必死で追いかける羽目にあう。職場も恋愛も末期的症状になってきた。煮え切らない忠男に見切りを付けたコニーは、寂しげに見送る忠男を残し、新しい店に移っていく。世一の会社には、明らかにヤクザと分かる金融業者・紺野が現れ、以後ヤクザが監視の目を光らせるようになる。思いあまった世一は会社に火をつけるが、そのとたんに火を消せとわめき散らす。そのあまりのバカバカしさに大笑いしてはしゃぎまくる忠男。月日がたち、忠男はコニーの働く店へ車を走らせ、『あの女は悪い病気を持っているぞ』と匿名電話をかける。そのまま待ち構えていると、案の定、追い出されたコニーが彼の前に現れる。コニーは呆れながらも、澄ました表情で彼女を迎える忠男の車に乗り、二人は東京へ戻っていく--。

1993年製作/109分/日本/
配給:シネカノン

2020年7月29日 23:59まで配信© 『月はどっちに出ている』製作委員会

血と骨




1923年。日本で一旗揚げようと、17歳で済州島から大阪へ渡って来た金俊平。蒲鉾職人となった彼は、24歳の時、幼い娘を抱えながら飲み屋を経営する李英姫と強引に結婚し、花子と正雄のふたりの子供をもうける。しかし、酒を飲んでは荒れ狂う彼に、家族の心が安らぐ日はなかった。戦争中は行方知れずだった俊平が、ふいに戻って来たのは45年の冬のことだった。弟分の信義らを従えて蒲鉾工場を始めた彼は、持ち前の強靱な肉体と強欲さで成功を収め巨額の富を得る。ところが、そんな彼の前にかつて済州島で寝盗った人妻に生ませた息子・武が現れた。気ままに振る舞う武は、やがて俊平に金を貰って出て行こうとするも、家族には鐚一文遣う気のない俊平と大乱闘となってしまう。一年後、自宅のすぐ目の前に妾宅を構えた俊平は、そこへ清子と言う若い女を囲い、高利貸しを始めた。しかし、清子が脳腫瘍で倒れると、やり場のない憤怒は再び家族へと向けられていく。しかも、介護を名目に新しい愛人・定子を迎え入れたかと思うと、長年の苦労が祟って入院した英姫に治療費を払ってやらず、正雄とは衝突を繰り返し、夫・希範の暴力に耐えかね自殺した花子の葬式で暴れる身勝手ぶり。だが、その俊平も寄る年波には勝てなかった。体の自由が思うように利かなくなった彼は、定子に捨てられ、英姫にも先立たれる。ところが、それでも金への執着だけは衰えず、彼はたったひとり残った肉親である正雄に借金の取り立ての仕事を手伝うように言うが、正雄にその気はなかった。その後、還暦にして定子との間に出来た息子・龍一と北朝鮮へ渡った俊平は、84年冬、78年の生涯を静かに閉じた。

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