ビデオオンデマンド・BS・CS情報

意外に観客が多かった映画「新聞記者」他の人と評価が少し違う?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る
Reading Time: 2 minutes

 



 

意外に観客が多かった映画「新聞記者」他の人と評価が少し違う?

平日休みのお節介オヤジは比較的すいているので映画館で映画を観ることが多いのですが、予告編の映像で気になっていた「新聞記者」観てきました。いつもの様に平日の映画館に行ったわけですが、ここ半年の中で一番人が多いなぁと思っていました。その劇場では「アラジン」「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」「Diner ダイナー」なども公開されていたので人が多いのかな?と思いきや「新聞記者」を沢山の方がご覧になっていました。松坂桃李さん主演なので女性が多いかなとも思っていましたが、お節介オヤジより上の年齢方が多かったですね。

映画の鑑賞料金は無料で(U-NEXTポイント)

意外に観客が多かった映画「新聞記者」他の人と評価が少し違う?平日の映画鑑賞は毎回無料で視聴しています。それは動画配信サービス「U-NEXT」で毎月付与されるポイントで映画館で映画を観れるので毎月1本は映画館で映画鑑賞をしています。

動画配信(VOD)U-NEXTサービスをもっと知ろう④

肝心の「新聞記者」映画の内容ですが、2019年の邦画でヒット作のひとつになると思う「キングダム」でも感じたことなんですが、前半の物語の展開が遅く感じて猛烈に退屈で眠くなってしまいました。「キングダム」では前半、うとうとしてしまいました。「新聞記者」でもかなりやばい状態ではありました。それとこれはネタバレ的な要素ですが、映画のクライマックス、最後の最後に主人公が何を言っているのか?生きているのか?わからないままエンドロール。もちろんエンドールが終わるまでいましたが答えは…

 

 

映画「新聞記者」の異例ヒットが示す新しい市場

キーワードは「時事」「応援」「知ってる」

意外に観客が多かった映画「新聞記者」他の人と評価が少し違う?

新聞記者は6月28日から新宿ピカデリー、イオンシネマほかで全国公開されている(写真:© 2019 『新聞記者』フィルムパートナーズ)

映画『新聞記者』が話題だ。興行収入は今月4日の時点で早々と1億円を突破。7月6~7日の映画興行成績ランキング(興行通信社)では堂々8位にランクイン。サイト「映画.com」では「日本映画で政治がテーマで、この勢いある興行はかなり珍しい」と評され、公開11日目時点の7月8日には17万人以上を動員し興行収入2億円に達した。

この映画、私は公開2日目に渋谷で、そしてこの原稿を執筆すべく再度お台場で鑑賞した。思ったのはまず政治的メッセージ以前に、作品として非常に優秀だということだ。

松坂桃李は終始抑制的な演技で「イケメン俳優」の枠にとどまらない新しい側面を見せているし、田中哲司の鬼気迫るオーラも圧倒的(往年の成田三樹夫の影を確かめた)。北村有起哉と岡山天音の「東都新聞社会部」の面々も、淡々とした映像の中に人間味を振りまいているし、西田尚美は今や、不幸な物語を背負った中年女性を演じさせたら日本一だ。

「日本映画にない」強烈な差別性のある映画

加えて、何といっても吉岡エリカ役のシム・ウンギョンがよかった。政治的なイメージが付くことを恐れた某有名女優らに断られたという報道もあったが、もしそれが事実としたら怪我の功名。「日本人の父と韓国人の母の間に生まれたアメリカ育ち」という特異な設定と、たどたどしい日本語が、「正義派の記者」という(熱く描かれがちな)キャラクターの体温を下げ、観客の印象をニュートラルにしたと思うのだ。

意外に観客が多かった映画「新聞記者」他の人と評価が少し違う?

吉岡エリカ役のシム・ウンギョン(写真:© 2019 『新聞記者』フィルムパートナーズ)

ただやはり、この映画が話題を呼んだ理由の本質は、「現在進行形のさまざまな問題をダイレクトに射抜く、これまでの日本映画にない新たな社会派エンタテインメント」(公式サイトより)という発想自体が、まさに「日本映画にない」強烈な差別性を持っていたことに尽きる。

そんな映画『新聞記者』が、今後の映画界・エンタメ界に示唆する新しい市場ポテンシャルとは何か――。

1つは「時事エンタメ」市場の可能性である。国際NGO「国境なき記者団」の「2019年報道の自由度ランキング」で日本は180カ国・地域中67位だったという(2018年も67位で、9年前の2010年は11位だった)。巷間言われているように、マスメディア報道での「忖度」が仮に事実だったとしても、マスメディア界に比べて映画界では、まだ比較的に表現の幅が担保されているだろう。

事実、いろいろな経緯があったとしても、映画『新聞記者』は作りえたのだし、その『新聞記者』が話題を呼んだということは、ジャーナリスティックな視点で「現在進行形のさまざまな問題をダイレクトに射抜く」コンテンツには、大きな可能性があるということだ。

意外に観客が多かった映画「新聞記者」他の人と評価が少し違う?

内閣情報調査室官僚・杉原(松坂桃李)と新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)が主演(写真:© 2019 『新聞記者』フィルムパートナーズ)

注目したいのは、この映画の撮影期間である。公式パンフレットの松坂桃李のコメントによると、約2週間という極めて短い期間に一気に撮影されたという。

「時事」という以上、スピードが重要となる。「時事エンタメ」コンテンツ作りには、企画から完成までを短期間で一気に進めるプロセスと知恵が必要となろう。

絶賛ツイートをする人たちには「応援」の意識

2つ目に指摘したいのは「応援エンタメ」市場の可能性。今回この原稿を書くために、日がな「#新聞記者」のツイートを眺めていたのだが、とにかく絶賛絶賛の嵐なのだ。映画やコンサート関連のツイッターは、往々にして絶賛発言が大勢を占めがちなのだが(自分の出費を正当化したいという気持ちの表れか)、それでも今回は絶賛比率がとみに高い。

文面・文体から推測すれば、今回「#新聞記者」で絶賛ツイートをしている人の多くは、「現在進行形のさまざまな問題」に対して、そもそもが批判的な人々だったと思われる。そういう人たちが、この映画を見て、さらに確信を深めて、好意的なツイートをするという構造だと考えるのだ。

働いているのは「応援」の意識である。この映画を応援したい、1人でも多くの人に見てほしいという意識。その背景にあるのは、「この映画は現在の主流の論調に乗っていない、主流に対してアンチだ」という認識だろう。だから「応援」してあげたい、「応援」してあげないとヤバいと思うのだ。

話は違うが、「#いだてん」においても、同様の現象が起きている。こちらも絶賛の嵐。その背景にあるのはもちろん、過去の大河ドラマと比較したときの「いだてん」の世帯視聴率の低さだ。「視聴率が低い→だから『いだてん』はつまらない」という論調に対するアンチの意識で、「いだてん」ファンは「応援」のツイートを重ねる。

そういえば、昨年の映画界で話題をかっさらった快作『カメラを止めるな!』があれほど支持された理由として、当然作品のすばらしさが第一だろうが、加えて、「もう映画の時代なんて終わりだ」という空気が広がる中、ああいう野心的な映画を応援してあげたいという、映画ファンの意識も多分に影響したはずだ。

言いたいことは、これからのエンタメ市場において、まずは深く狭い「応援クラスタ」を形成することが大切で、そのためには、コンテンツのアンチ性(世間への反逆性)をハッキリさせなければいけないということだ。そうすれば、「応援クラスタ」は自走し始め、自ら拡散・増殖して「深く広く」なっていく。逆に言えば、最初から万人に深く広く愛されようというのは、このご時世、得策ではない。

「知ってる」エンタメを観客は求めている?

3つ目、最後の視点は「知ってるエンタメ」市場である。ここだけ持って回った言い方になっているが、これは、今月5日の朝日新聞に掲載された「実写版『アラジン』ヒットの理由」という記事における、映画・音楽ジャーナリスト=宇野維正氏へのインタビューの見出しに掲げられていた「求められた『知ってる物語』」という言葉遣いから引用した。

ここで宇野維正氏は、映画『アラジン』のヒット要因として「アニメ公開時の1993年に王女に憧れていた子どもが四半世紀を経て大人になり、劇場に足を運んでいること」を挙げており、また「ディズニーは自社の古典を次々にリメイクしています。それは知っている物語を、客側も求めているから」とも語っている。

この情報過多の時代、まったく未知のコンテンツに誘引することには、とてつもなく大きなハードルがある。だとしたらすでにある程度の認知が進んでいる既存コンテンツ(のリメイク)のほうが安全ということだ。このことは、最近のテレビ界における漫画原作ドラマの乱立にもつながるものがあると見る。

もちろん映画『新聞記者』は既存コンテンツではない。

意外に観客が多かった映画「新聞記者」他の人と評価が少し違う?

ただ「現在進行形の(=『知ってる』)さまざまな問題」をかなりダイレクトに取り上げている分、見る側はスムーズに話に入っていけるし、とくに先の「応援クラスタ」の多くは、「知ってる問題」への怒りを動機として、映画館に足を運んだのではないか。また原案である望月衣塑子の同名著書がベストセラーとなったことも、この映画の「知ってる」感に貢献しただろう。

エンタメ界にとって強烈な差別化要因はなにか

今から約30年前、私の大学時代、イギリスの音楽ユニットであるスタイル・カウンシルが好きだった。そのかっこいい見てくれやおしゃれなジャケットに惹かれてアルバムを買って、歌詞カードに驚いた。

音だけ聴いて気に入っていた『Walls Come Tumbling Down!』(1985年)が階級闘争の歌だったり、『Right To Go』(1987年)が投票率向上を呼びかける歌だったり、はたまたタイトルからして『ホワイトハウスへ爆撃(Dropping Bombs on the Whitehouse)』(1984年)という、ものものしい曲まである。それらに驚くと同時に、「なぜ日本の音楽家は政治を遠ざけるのだろう?」と疑問に思ったものだ。

エンタメ界全体に「政治のことは面倒くさいから避けておこう」という機運が蔓延していることはよくわかる。でも、だからこそ「じゃ裏をかいて、政治のことに向かっていこう」という判断が強烈な差別化になるのに、とも思う。

そして、スタイル・カウンシルやクラッシュ、ブルーハーツ、RCサクセションのように、「王様は裸だ」と叫ぶことで王様になったバンドのことを懐かしく思い出すのだ。



関連記事:あの「ユイちゃん」が帰ってきた!橋本愛さんの活躍に期待!

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
最短4分で広告を掲載できる『忍者AdMax』




スポンサー