お節介オヤジの呟き

目的やゴールが分かっていないSNSに意味はあるの?

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お節介オヤジが働いている会社(拠点)もFacebookをやっているらしい。らしいと言うのも具体的にアカウントやらフォローしろなどと言った発信がなにもないのである。たまたま担当をしているらしい部署と席が近いので聞こえて来る言葉を聞くとFacebookのコンサル料がいくらだとか?高いとか安いとかの議論が聞こえてくる。コンサルを入れる前にもっと目的やらゴールを決めて従業員に告知するのが先では?と思ってしまいます。

日本の緩い企業SNSが米国でありえないワケ

東洋経済オンライン2018/11/19 6:10配信記事より引用

「不遇な立場」にあるアメリカのSNS担当者

目的やゴールが分かっていないSNSに意味はあるの?

気がつけば、企業がツイッターをはじめとしたSNSを、自社のビジネスに、とくにマーケティング方面に活用し始めてから、もう10年近く経っている。今でこそ、多くの人たちにも利用されているソーシャルメディアだが、当時は、ツイッターアカウントやフェイスブックページを開設するというだけでプレスリリースが1本打てるくらい珍しいものであり、それこそいろいろな意味で注目を集めるものだった。

だが、当時多くの企業にとって、ソーシャルメディアは、まさに未知なる世界そのものだった。そもそも、どんな目的に使えるのか、そして、どのような効果が得られるのかさえわからず、企業は、この得体の知れないモノと、どう向き合い、また、どう関わっていけばよいのか、まったく見当もつかない状況にあった。

日本の企業SNSは「個性が強い」

目的やゴールが分かっていないSNSに意味はあるの?

そんな中、一部の企業で、日頃からユーザーとしてソーシャルメディアを利用している社員が、(多くは“個人の活動”という形でひっそりと)独自のやり方で試行錯誤を行っていくなかで、企業のSNS活用のノウハウが少しずつ出来上がってきた。もっとも、初期の頃は、今だったら考えられない、まさに大炎上必至な失敗も多々起こったが、それは日本でもアメリカでも、あまり変わらなかったはずだ。

そうやってトライ・アンド・エラーを経て育ってきた個人のノウハウが、マーケティング系のイベントやセミナー、あるいは、関連のメディアや書籍などを通じて徐々に広まり、やがて企業のソーシャルメディア活用におけるスタンダードという形で確立されてきたような気がする。

このような形で確立されてきた方法論のなかでも、“中の人”や“軟式アカウント”などは、ある意味非常に日本独特のものだと言ってもいいだろう。特にこの両者は英語で説明するのが非常に難しい。なぜならアメリカに、それに相当するようなものが見当たらないからだ。

“中の人”や“軟式アカウント”を、アメリカのマーケターに説明するのは、意外と難しい。そもそも企業やブランドという“看板”を表に出しながらも、まるで友だちと世間話をするかのように、フランクにフレンドリーな会話をする企業アカウント自体、それほど多くはない。

また、ときには(企業やブランドという“看板”があるのに)自分の個人的な意見を述べてみたり、さらに、いろいろなネタを振られたら、それに反応したりと、自由なコミュニケーションを展開させることもしばしば見られる。そのうえ競合にもなりうる企業の公式アカウントに絡んだり、一緒に遊んだりするような自由奔放な動きを見せることも決して珍しくはないが、こういった企業アカウントをアメリカで探すのは、意外と難しい。

例えようがないので、説明しづらくなるし、細かく説明をしたところで「そんなアカウントあるのかい?」と信じてもらえなかったりする。

いや、もちろんアメリカの企業ツイッターアカウントが、みんなそろって、自らの広告や広報的なメッセージばかりを淡々と発信し続けているわけではない。ユーモアをふんだんに交えた、ひとクセもふたクセもあるアカウントだって、決して珍しいものではないし、競合批判等の度が過ぎて、時折炎上するようなアカウントだって少なくない。

ところが、それは日本で、いわゆる“中の人”が運営している“軟式アカウント”とは、似て非なるものだ。企業やブランドの“看板”のウラに、明確に“個性ある個人”(だが、見えるのはあくまでも個性だけであり、その“人となり”は隠れている)が存在するような形はアメリカでは、ほとんど見掛けられないのだ。

アメリカのSNS担当者は恵まれないポジション

アメリカの企業アカウントでは、企業やブランドを出している以上、そこに(社内の担当者とはいえ)別な“個性”は入ってこない。逆に“個性”を出す場合「◯◯社で△△をやっている✕✕」といった形で、きちんと個人を出す。たとえば、経営者や役員などは、その最たる例だし、営業担当者やサポート担当者なども同様だ。両者の間の線引きがはっきりしている。

もちろん、これは日本とアメリカの文化の差という背景もあるが、それ以外にも理由がある。たとえば、アカウント運営を内製化するか、もしくはアウトソースするかといった違いは、その最たるものだ。日本企業の場合、特にフランクに、積極的にユーザーとコミュニケーションを取る企業アカウントは内製で運営されているケースが多い。つまり“中の人”によるものだ。

実際、組織の中にいないと、思いのほか見極められない、フォーマルとカジュアルのボーダーぎりぎりのところを歩くようなコミュニケーションは、アウトソースでは絶対に不可能だろう。多くの場合、社内に“ソーシャルメディア担当者”や“ソーシャルメディアマネージャー”といった役職を持つ担当が専任で運営業務を行っている。仮に専任担当がいない場合であっても、ソーシャルメディア上でのコミュニケーションに長けた社員が、自身本来の業務と兼任する形で、運営業務を一任されていることが多い。

一方、アメリカ企業では、ソーシャルメディアのアカウント運営そのものを、広報代理店や、専門業者にアウトソースしているケースが少なくない。もちろんソーシャルメディアは、顧客と距離感なくコミュニケーションを取ることのできるチャネルであることから、内製化による運営をしたほうがいいという声は強くある。「内製化vs.アウトソース」の議論は、それこそ今でも頻繁に行われているが、結局は内製化を諦め、外部に委託する企業が、この1〜2年で増えてきているのが現状だ。

急速にアウトソース化が進んでいる背景には、“中の人”の人材不足がある。それは、ポジションそのものに”魅力がなくなっている”からだ。ソーシャルメディア担当者は、いろいろなユーザーと(ときには誹謗中傷を数多く受けながら)同時に会話を行い、決して怒らず、気の利いたユーモアをひねり出し――と、業務内容はなかなかにタフだ。

だが、ビジネス上、その効果が出ているかどうかが、なかなか評価されず、サラリーもほとんど上がらない。アメリカのマーケティング系職種の給与相場を見ると、いわゆるマーケティング担当者とソーシャルメディア担当者との間には、約1.5倍の開きがある。つまり金銭的に割に合わないのだ。

アメリカ企業のSNSが「保守的」な理由

こういった状況に加え、企業を見る消費者の目が、ますます厳しくなっている。少しでも“度が過ぎている”コミュニケーションだと見られてしまったら、すぐに非難が集中することは、想像に難くない。企業も自らのブランドや評判をあえて下げるようなリスクは冒したくないため、代理店や専門業者にアウトソースする方向にシフトしてきている。

しかし、これはある意味自然な流れなのかもしれない。アメリカ内の消費者を対象にした調査を片っ端から眺めてみても、企業から発信される情報として求められているのは、基本的には商品やサービスの情報だ。そして、それが安くあるいは手軽に手に入る情報、つまり消費者にとって役に立つ情報しか求められていないし、こういった情報を提供するのに、あえて“中の人”を用意する必要はない。

もちろん日本では、こういった動きにはなっていかないだろう。“軟式アカウント”は、これからも存在していくだろうし、“中の人”もいなくなることはないだろう。だが、業務内容のタフさや、金銭的に割に合わない部分は日本もアメリカも変わらないだろうし、ブランドや評判に対するリスクを真剣に考えていくことは非常に重要だ。今も一定の頻度で“中の人”の暴走や勇み足で炎上が起こる中、そのあり方を再考するタイミングが来ているのかもしれない。

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