お節介オヤジの呟き

新型スープラ 昔の姿を彷彿させるフォルム

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新型スープラと聞くと車好きのお節介オヤジの世代は何だかワクワクしませんか?エンジンの仕様など詳しくは見ていないので分かりませんがスープラ=2000GTの後継者(後継車)と思っているので文字ずらだけでワクワクしてしまいました。国産スポーツカー=レースシーンをイメージされる方も多いとは思います。日本のツーリングカーレースと言えばスカイラインGTRとその連勝を止めたマツダRX3などなどありますが…お節介オヤジはスープラ復活?に喜んでしまいました。

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日本車伝説のスポーツカーと言えば

”日本車伝説のスポーツカーと言えば”で検索してみました。検索結果で一番に表示された”自動車史に残る「最も美しい国産名車20選」”から引用させて頂きます。※以下の写真は引用先とは異なります。

第1位:トヨタ2000GT

2000GT(にせんジーティー)は、トヨタ自動車ヤマハ発動機が共同開発し、ヤマハ発動機への生産委託で1967年から1970年までトヨタブランドで生産されたスポーツカータイプの乗用車である。型式は、「MF10」と「MF12L」。極少数ながら廉価版として、SOHCエンジンの2300ccモデルが北米市場向けに限り製造された。

 

第2位:トヨタセラ

1987年に開催された第27回東京モーターショーに出展された「AXV-II」の市販化モデルである。同社の小型車スターレット(P70型)をベースにしているが、その特徴は上半分ほぼ全てがガラスで占められていること(グラスキャノピー・グラストップ)と、それを実現するために採用されたガルウィングドア(より正確にはバタフライドア)である。

 

 

第3位:日産フェアレディZ(S30)※Gノーズはついていない状態

1969年に先代モデルであるオープンボディダットサン・フェアレディに代わって発売された。ヨーロッパ製の高級GTに匹敵するスペックと魅力あるスタイルを兼ね備えながら、格段に廉価であったことで、北米市場を中心に大ヒットした。日産(DATSUN)のイメージリーダーカーとして、足掛け10年もの長期に渡って生産され、世界総販売台数55万台(うち日本国内販売8万台)という、当時のスポーツカーとしては空前の記録を樹立した。「ダッツン・ズィー」の愛称で親しまれ、日産自動車の輸出モデルの総称でもある「DATSUN」の名を世界に知らしめ、ある意味で日産の海外進出の活路を開いた日産の記念碑的車両である。このような実績的・実質的来歴も相まって、現代でも日本国内はもとより世界的なクラシックカー旧車としての人気や知名度は高い。

第4位:マツダロードスター(MX-5)

1989年5月にアメリカで発売された。日本国内では同年8月に先行予約を開始し、9月1日に発売された。当時のマツダは5チャンネル体制を敷いており、その内のユーノス店の第一弾車種として「ユーノス・ロードスター」 の名称で発売された。発売初年には国内で9307台を販売、翌年は世界で9万3626台を販売してスポーツカーとしては大ヒットとなった。このロードスターの成功を受け、MGMGF)やフィアットバルケッタ)、BMWZ3)、メルセデス・ベンツSLK)といったメーカーが中小型オープンカーを発売し、消滅しかけていたと思われていたライトウェイトスポーツカー市場が活性化された。

第5位:スズキカプチーノ

1991年11月発売。軽自動車の枠で、フロントエンジン・リアドライブ(FR)を採用した軽スポーツカーである。1989年東京モーターショーに参考出品し、当時の鈴木修社長(後に会長)が「発売する」と表明していた。アルトワークス用に開発されたF6A型DOHC3気筒12バルブターボインタークーラー付)を縦置きし、軽自動車の自主規制値めいっぱいの64PSを発生する。モデル後期(EA21R型)には同じく同時期のアルトワークス用に開発されたオールアルミ製K6A型 DOHC3気筒12バルブ、ターボエンジンとなった。

スープラと言えば

日本国内向けは2代目までセリカXXという名前でトヨタカローラ店から販売され、3代目から北米仕様と同じ「スープラ」となった1986年から2002年までの累計生産台数は28万5,280台。搭載エンジンは、初代から通して直列6気筒のみである。

セリカXX/北米スープラの初代モデル。当時のアメリカでは「Xの列記」が映画の成人指定度合いを示すため、北米を含めた全ての輸出車は「Xの列記」を避けスープラと命名し発売された。

2代目 A60型(1981年-1986年)外観は直線を主体としたシャープな造形のボディーと空力を意識したリトラクタブルヘッドライトによるシンプルな顔立ちへと変貌を遂げた。1981年7月発売。エンジンは直列6気筒 2.8L DOHC (5M-GEU) と2000L、S、Gにクレスタで初採用された2.0L SOHC (1G-EU)を搭載。

2000GTのエンジンについては、クラウンのM型6気筒をベースにヘッドをDOHC化して作られた3M。2代目XX(輸出名スープラ)は5M-GEUが搭載されておりしっかりと継承されていたんです。フォルムはかなりシャープで2000GTの様なグラマーなイメージではありませんが…

国産スープラ発売でボディーラインも復活?

A70型よりセリカから独立、日本国内でも北米仕様と同じ「SUPRA」という車名を採用。発売当時のキャッチコピーは「TOYOTA 3000GT」であり、1960年代の名車トヨタ・2000GTをイメージしていた。当初の主なエンジンは、2Lは1G-EU、1G-GEU、そのツインターボ版1G-GTEU、3Lターボの7M-GTEUであった。1987年1月にはソアラと同時に7M-GTEUにも5速MTが設定され、それまでは輸出仕様のみに採用されていたブリスターフェンダーの3ナンバー仕様ボディーの「3.0GTリミテッド」が追加された。

 

お節介オヤジの運転技術の師匠ものっていたブリフェンスープラ。1G スープラ(2000cc)がスリッパなら7Mスープラはオオサンショウウオ。フロントフェンダーがかなりグラマーでやはり2000GTのボディーラインも復活?したのではないでしょうか?

3000のシングルターボでとてつもなく早かった。箱根ターンパイクを100キロオーバーで巡行していたもんな。上りでは無敵でした。ターンパイクや三島(国道1号)では全然、追いつかなった。車も早かったですが師匠のドラテクも凄かった。唯一、追いかけてついていかたのは椿ラインの下りだけ。椿ラインを下りきった所で車を降りたら車に異変がありました。なんと右フロントのハブボルトが1本折れていました。なんともトホホな思い出も思い出していまいました。そもそもAE86と7Mスープラで走るのには無理があったんですけどね。

 

トヨタ新型GRスープラ初公開!スペックや価格と発売日など最新情報

新型車・最新ニュース2018年03月09日更新配信記事より引用

ジュネーブモーターショー2018のプレスカンファレンスにて、トヨタは新型GRスープラレーシングコンセプトを世界初公開しました。

トヨタは2月に「トヨタのアイコン的スポーツカーの復活を示唆するレーシングマシンコンセプトを発表する」とアナウンスし、これが復活する新型スープラになるのではないかと多くの人が予想していました。

2012年にトヨタの名車、カローラレビン / スプリンタートレノのAE86型、通称ハチロクの名を受け継いだスバルとの共同開発車「86」がデビューすると、かつてのファンを中心にスープラの復活の声が高まりました。

2014年には、トヨタがBMWと共同で新型スポーツカーを開発していることが明らかになり、新型スポーツカー「FT-1」コンセプトを発表、2017年に入ってからは無数のプロトタイプがヨーロッパを中心にテスト走行する様子がスクープされ、スープラ復活の噂で盛り上がりを見せていました。

「GR Supra Racing Concept(GRスープラ レーシングコンセプト)」は、ル・マン耐久レースの「LM-GTEクラス」の規定に対応したモデルとして今回発表されました。初公開となった新型GRスープラは、ボディサイズと駆動方式がFRということのみが発表され、その他のスペックは不詳のまま

【トヨタ公式】歴代のスープラが登場する新型のプロモーション動画

ここまで色々書きましたがスープラは手の届かない車の1台です。


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