お節介オヤジの呟き

運を天に任せるような占いにすがってみるも良し

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占いは自分の都合のいい事しか信じないたちではありますが、みなさんは如何ですか?占いにすがってみるのもイイかも知れませんね。

運を天に任せるような占いにすがってみるも良し

運は運として受け止める

運がいいとか悪いとか、人はよく言いますが、運は自分で運び込んでいるものだから、日頃の行いを正していれば幸運にも恵まれるとも言われています。
しかし、世の中を見ているとなぜそんな不憫な目に遭うのか気の毒にしか思えない人もたくさんいるものです。
例えば、テロの犠牲者などは毎年、数万人にも上るとさえ言わる時代です。
身近においてもせっかく親切に注意したつもりが逆切れされて殴られたりしている人もいます。
それでなくても「何で俺が・・」と思ったことは誰しも少なからずあるでしょう。
こんな時に「これが運というものなのだ」と思えれば、それほど深刻に受け止めずとも済むものです。
悪いこともあれば良いこともあるものと受け流していれば、たとえ悪いことが起きてもダメージはかなり小さくはなるのです。
必要以上に落ち込まず、また良いことがあってもはしゃぎ過ぎると落とし穴も待っていたりもするのです。
理不尽と思える仕打ちも受ける人の受け止め方によっては、それほどには感じられません。
何事も柳に風としていれば、そこに生まれる幸運もあるかと思えます。



占いもまた占いとして受け止める

運のような科学的でもなく論理的とも感じられないものに占いというものもあります。
占いなどは若い女の子が意味も無く楽しんでいるもの、まさに運を自ら投げ出して天に任せているものだと上から目線で眺めているオヤジが普通ではあります。
ですが、それもまたいかがなものかと思ってみてはどうでしょうか。

・迷い道にはまっている
人は道の選択に常に迷っているものです。
どこをどう理論的に考えて決めたつもりでも、どこかに自信の持てない自分がいたりします。
そうしてやや躊躇しながら選んだ道は得てして正しい結果とは言えない場合も多いものです。
そこでもっとしっかりした根拠を持って決断しようにも、どうにも考えがまとまらなかったりもします。
いい年をして何を決めかねているのか、情けない自分にますます自信を無くしてもしまいます。

・知識や経験が邪魔をしている
下手に年齢なりの経験に基づく知識があるばかりに考えれば考え込んでしまいます。
それによって考えが右に行ったり左に傾いたりと、まさに右往左往と身動きも取れなくなってしまったりです。
こうして本当はやりたいことがあっても、変に賢くなったばかりに自らそれを拒絶してしまったりもしているものです。
それよりは何も考えず、運を天に任せた占いのようなものにすがってみるのもバカにはならないのです。



占いの良い結果に食い付く

占いをすすめられたからと、決して若い女の子の行列に紛れ込んでお金を払って占い師のお世話になれとは言いません。
例えば今日のラッキーナンバーを誕生日の8にしてみて、その数字と関わる良いことが起きれば、チャレンジャーになることにするのです。
8をどこかで意識していると、ふと見た時計の針が8分だったり8秒だったりもするものです。
買い物のお釣りの一桁が8円だったりとか気にしていれば良くあったりもします。
夜の8時からのテレビ番組が面白かったとか、そんなことでもかまいません。
そんなことは少ないと思われがちですが、意外に巡り合わせの多いことでもありますので勇気付けられるケースも多いのです。
むしろ全くそんなことは無かったということの方が少ないのではないかとも思われます。
ラッキーナンバーでなくラッキーカラーとかでもかまいません。
他にもいろいろと考えてみて、そこに方向を委ねるのも気が楽になってくれます。
このようなものに大人の男性の好きな科学的な根拠は全くありません。
ですが、こうして気が楽になれば優柔不断な自分から離れられ、案外、思っていたことが成し得たりするきっかけになればそれで良いのです。




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