お節介オヤジの呟き

2011.03.11東日本大震災を振り返る。

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今朝のNHKの朝の情報番組「あさイチ」で東日本大震災以降の様々な話題を取り上げられいました。※普段は見れないので今日以外にも放送をしているかも知れません。

2011.03.11東日本大震災当日を振り返る

当日の自分を振り返ってみると、当時、在籍していた会社の営業活動で幕張メッセで開催されていた「ドラッグストアショー」に行っていました。

第一波の時に「やけに揺れているな」ついに体が変調を起こして揺れているのは自分だけかと思っていたら幕張メッセの会場内に悲鳴が轟く。それで地震だと気づき、会場の照明(多分水銀灯)がゆらゆらと揺れていました。揺れと騒ぎでその場で座り込んでしまう女性もいましたが、もし水銀灯が落ちてきたら危ないので促しながら女性をつれて会場の壁際まで行きました。(地震でかなりのパニックで結構大変でした)そこで第二波。

会場内には幕張メッセから「幕張メッセは安全です」とのアナウンス。もう電車は動かないかな?少しすれば大丈夫かな?色々と考えましたが、とりあえず外に。そこには衝撃が…安全と言っていた幕張メッセの壁にひびが入っていました。

プロが選んだ防犯&防災あります。TSSP.jp

会社の同僚も同会場にいたので心配になり、携帯をならすも当然のごとく繋がりません。もうダメだと思いいち早く海浜幕張駅に向けて歩きだした所、既に駅前は人だかり、「駅周辺は危険ですので駅員の誘導に従って避難して下さい」との事。駅周辺のサラリーマンやらOLさんはいかにも急に避難してきたので上着を着ている人があまりいない。非常に寒そうでした。

液状化した海浜幕張駅 http://sasya2060.blog72.fc2.com/blog-entry-399.htmlより引用

これは当分、電車は動かないと思い、避難した(誘導された)公園から海浜幕張駅近辺のホテルに片っ端から電話。これも当然、繋がらない。しかも、当日は金曜日でしかもドラッグストアショーと言うことで全国のドラッグストアに関わる人が幕張に集まっている。奇跡的に繋がったホテルがありましたが当然、満室でした。その時点でホテルはあきらめました。

呑気なオヤジ

海に近い所を走っている「京葉線」はダメでも「総武線」なら大乗だろうと安易に海浜幕張駅から幕張駅まで歩きだす。

約30分で行ける

まだこの時点で大騒ぎになっている事は気付いておらず、呑気に一人で歩いていました。その間に何とか会社に電話が繋がって、状況を報告。非常に間が悪い事に当時、業績が良かったので営業部だけ本社と違うビルに移ったばかり。そのビルは耐震補強をするので取り壊しが決まっていたので2011年いっぱいの仮住まいみたいなもので第一波で相当揺れたらしく、耐震補強に不安がある事を知っている残ったスタッフは急いで階段で7階(確か)からおりた時に第二波。正面の赤坂サカスが揺れているのを見て大事だと把握したそうです。※因みにサカスの様な高層ビルは耐震対策であえて揺らして吸収しているらしいです。

それでもまだまだ呑気でした。歩いても30分。なら平気だろうと…空車のタクシーがいましたが手を上げずにスルー。それが運のつき。同じ考えの人達が手にはドラッグストアショーの紙袋を下げ、携帯を耳にあてながらぞろぞろ歩いていました。(自分もまるっきり同じ姿だ)30分歩いても全然着きません。スマホのバッテリーがかなりやばい状態になっていました。

考える事はみな同じで幕張駅へ向かうコンビニの携帯充電器は当然、品切れでした。そこでふと、同居の親が心配になり、公衆電話探し。今度は公衆電話が長蛇の列。急いでも仕方ないので順番を待つ。どうにか公衆電話⇒自宅の電話は繋がって取り合えず自宅にいた父親の安否確認は出来ました。母親は当時仕事で外に行っていたので連絡がつかないとのこと。不安でいっぱい。

さらに歩くこと30分位?幕張駅到着。タクシー乗り場に列に。連絡はしていないが緊急事態だから妹夫婦のいる南船橋までタクシーで行こうと30人前後並んでいる最後尾に。そこで待っても待ってもタクシーはきません。並んでいる見知らぬ人と妙な連帯感が出てきて”トイレに行きたいので順番確保してもらえますか”なんて会話をしつつ2時間。その間に来たタクシーは5台位でしょうか?そこで更に衝撃が走りました。

写真ほどはっきりとは見えませんでしたが、アニメか怪獣映画でしか見たことのない火柱が…http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/5c/267a53b5f5f8b40e1d4160b306d20921.jpgより引用




タクシーは全然こない。路線バスは何とか動いている様子。妙な連帯感のできたタクシー列から10人位でしょうか?見知らぬ団体が路線バス待ちに…この時点ですっかり暗くなっていたので18時はまわっていたのでしょう?タクシー待ち行列の時にも冗談で駅前のやきとり屋がオープンしたら順番に暖を取りに行きながら待ちましょう!なんて言っていましたがやきとり屋さんは開店せず。もうそんな話しすらでません。さらに待つこと2時間。

ようやくバスに乗れました。

行先は南船橋でなく津田沼でした。大渋滞の中、バスの中では乗客のスマホから例の警告音がなりっぱなしでした。立っていたのか座っていたのかは定かではありませんが22時頃に津田沼到着。駅前のホテルは当然。満室そこで救いの光がありました。

救いの光、ホテルの横にローソンさん。2階にはやるき茶屋さんがあるではないか!朝までここで過ごせる。と思いきや入り口に行くと店員さんが待ち構えていました。「やはりだめか」と思った時に、水道、ガスが止まっていてお料理、飲み物の提供が出来ません。電気は通っているので暖房は問題ありません。それでも宜しければどうぞ!飲み物等はローソンさんで買ってお上がり下さいとの事。全然、問題ありません。席はまだあいていたので何とか確保。荷物を置いてローソンさんへ。

長い夜は続く、そして実感する大惨事

やるき茶屋さんでようやく座れて、ローソンさんで買った-196ストロング(多分)とつまみは忘れたけど多分スナック菓子で一息。たまたまテレビが見れる席だったので被害状況がわかってきました。時間の経過の中で写される被害状況と都心の混乱。4人席を占領していましたがどんどん人は店内に。勿論、相席で過ごすことに。自分と同じ様にドラッグストアショーの紙袋を下げた中年コンビと相席に…もうこの頃はローソンさんは飲み物も何もない状態だったので買い込んだ196をおすそわけ。そこで会話が弾んで名刺交換。びっくりする位有名ドラッグチェーンの役員さん部長さんでした。落ち着いた後に是非、本部に来てと缶チューハイとスナック菓子に対する社交辞令を頂きましたが、メールだけそこにズカズカ土足で入る(営業につなげる)気持ちにはならなかった。

そして朝

酔いが回って寝たのかよく覚えていませんが朝になり電車が動いくとの情報で駅へ。乗り継ぎを繰り返し千葉県からようやく自宅のある東京都稲城市へ。稲城市はJR南武線の車両車庫(正式名称はわかりません)があるせいか停電にはならず、連絡できなかった母親も無事に帰宅していた自宅に到着。とても長い一日でした。その後は…

 

冒頭に書いたNHKの朝の情報番組「あさイチ」番組内でも仰っておりましたが震災被害を風化させない意味でこの映像を見ておきたい。

https://youtu.be/1OVgpcxjZvA



Twitterでもかなり出演者に対する賛否が様々呟かれていますね。

などなど、また、いつ大きな地震があるかも知れません3.11を忘れないと言う意味も含めて防災の準備をしておきましょう!

関連記事:東北出身芸能人それぞれの3.11







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