Reading Time: 1 minute

お節介オヤジの世代になると年下の上司もいたり、少なくとも社内では”おどおどしない”態度をとりたいものです。これは性格もあるかもしれませんが”堂々と”していたいものです。それでもなかなか”堂々と”できない方は幕末で活躍された山岡鉄舟の言葉を参考にしてみて下さい。

いつでも堂々とした態度でいたいビジネスマンに捧げる、剣と禅の達人・山岡鉄舟の名言3選

YAZIUPトップ>ビジネス>キャリア>いつでも堂々とした態度でいたいビジネスマンに捧げる、剣と禅の達人・山岡鉄舟の名言3選より引用

西郷隆盛も感じ入った山岡鉄舟の気迫と度胸

おどおどしない!堂々としていたい方は是非参考に!

明治維新のクライマックスといえる戊辰戦争は、民主主義国家を成立させたい明治新政府軍と武家政権を存続させたい江戸幕府軍との戦いです。最終的に新政府軍が勝利して幕府は廃止され、日本は近代国家に生まれ変わりました。
この戊辰戦争のターニングポイントとなったのが江戸城無血開城です。幕府の本拠地・江戸城は新政府軍に総攻撃される予定でしたが、江戸が戦場になることを避けようとした幕臣たちの尽力で総攻撃は取りやめになり、江戸城を明け渡すことで穏便に決着しました。
このとき最も危険な任務を引き受けた幕臣が山岡鉄舟です。その任務とは、新政府軍参謀の西郷隆盛に総攻撃取りやめを願う使者。敵陣に乗り込んで最高司令官と直談判をするという重要な任務です。鉄舟は剣と禅の達人として名高いことから、このようなプレッシャーのかかる役目も平常心でこなせるとして抜擢されました。
そして鉄舟は命を捨てる覚悟で隆盛と渡りあい、望みどおりの約束を取りつけました。隆盛は鉄舟の揺るぎない心に感心し、「命も名声も地位も金もいらない人は始末に困るが、このような人だからこそ国家の大業をやり遂げられる」と評価しています。
鉄舟のように堂々と振る舞えれば、ビジネスの現場でも仲間に信頼されライバルを圧倒できるでしょう。そのための心構えがわかる3つの名言をご紹介します。

何時何人に接するも客人に接するように心得べく候

おどおどしない!堂々としていたい方は是非参考に!「いつ誰に接する場合もお客に接するように心得るべきだ」という意味です。実際に鉄舟は、どんな人が訪ねてきても深く頭を下げて迎え入れたといわれます。
大切なお客さんには丁寧に接しよう、喜んでもらおうと思いますよね。誰に対してもそのような謙虚さと奉仕の心を示せば、相手も同じように接しようと感じて敬意を払いあう関係になれます。これは挨拶と似ていて、相手がしてくれるまで待つのではなく、自分から率先して実行することが大切です。
相手によって態度を変える人はよくいますが、たとえば地位の高い人がそれを隠して新人として接してきたとき、見下した態度を取ったら致命的ですよね。そこまでのことはなくても、媚びたり侮ったりしている胸の内は相手にも伝わるもの。そんなことをしていれば、軽薄で信用ならない人と思われてもしかたないでしょう。
誰に対しても同じ態度を取れる人は相手の地位や評判を気にしないので、態度に一貫性が出て堂々と頼もしく見てもらえます。

宇宙界と名付くと雖も(いえども)、切言すれば、吾人もまた等しきものなり

「宇宙といっても突き詰めれば自分もまた同じものだ」という意味です。これは鉄舟が宇宙の道理をまとめた文中に出てくる言葉で、宇宙にあるものはすべて同じ根源から生まれたのだから自分も宇宙と同じなのだという考えが込められています。
そしてすべての他人もまた宇宙と同じであり、つまり「自分と他人も同じ」という結論に行き着きます。このため鉄舟は、身分制度が厳しい幕末でも人間はみな平等と考えていました。
仕事で大勢の人と接していると、合わないと感じて大変なストレスになる人がどうしてもいますよね。そんなときには鉄舟のこの言葉を思い出してください。合わない人もまた自分と同じ根源から生まれた存在なのです。ただし、相手に無理に合わせる必要はありません。相手と自分は平等だと受け入れて、ストレスを感じなくすることが重要です。
苦手意識は結局のところ、自分の心のありようです。ストレスに心を乱されなくなれば、合わない人にも平常心で向き合えます。

晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 もとの姿に 変わらざりけり

おどおどしない!堂々としていたい方は是非参考に!

「晴れても曇ってもよろしい富士山だが、もともとの姿は変わらない」という意味の短歌です。
人間はつい、晴れている日の富士山をきれいだとありがたがって、曇っている日の富士山にはがっかりしますよね。でも実際の富士山はどんな天気の日でも同じものです。これは人に対しても同様で、「すばらしい」とか「だらしない」という感情は見る側の勝手な意見。このような決めつけをすることで、その人の本質を見誤ることになります。
鉄舟は修練に励むあまり身なりに気を遣わなかったので、「ボロ鉄」というあだ名がついていました。しかしその本質を見た隆盛には、「国の大事をなす人」とまでいわれています。現代の職場では清潔感も重視されるのでぼろぼろの服装というわけにはいきませんが、見た目がだらしないからダメな人と思いこんだり、逆に見た目がすばらしいからと軽率に信用したりすると人を見る目が曇ってしまいます。
決めつけや思い込みを捨て、しっかり自分の目で相手を見ようとすることで、研ぎ澄まされた真剣さが相手にも伝わるでしょう。

山岡鉄舟

ウィキペディア(Wikipedia)より引用

おどおどしない!堂々としていたい方は是非参考に!

山岡鉄舟役を西郷どん(せごどん)で演じる藤本隆宏さん



0 - おどおどしない!堂々としていたい方は是非参考に!

山岡 鉄舟(鐵舟、やまおか てっしゅう)は、幕末から明治時代の幕臣政治家、思想家。の達人としても知られる。

鉄舟は居士号、他に一楽斎通称鉄太郎(鐵太郎、てつたろう)。高歩(たかゆき)。一刀正伝無刀流(無刀流)の開祖。「幕末の三舟」のひとり。栄典従三位勲二等子爵。愛刀は粟田口国吉や無名一文字。

江戸に生まれる。家が武芸を重んじる家だったため、幼少から神陰流北辰一刀流の剣術、樫原流槍術[注釈 1]を学び、武術に天賦の才能を示す。浅利義明中西派一刀流)門下の剣客であり、明治維新後は一刀正伝無刀流(無刀流)の開祖となる。

幕臣として、清河八郎とともに浪士組を結成。江戸無血開城を決定した勝海舟西郷隆盛の会談に先立ち、官軍の駐留する駿府(現在の静岡市)に辿り着き、単身で西郷と面会する。

明治政府では、静岡藩権大参事、茨城県参事伊万里県権令侍従宮内大丞、宮内少輔を歴任した。

勝海舟、高橋泥舟とともに「幕末の三舟」と称される。身長6尺2寸(188センチ)、体重28貫(105キロ)と大柄な体格であった。

関連記事:2018年の大河ドラマ主人公・西郷隆盛って何した人だっけ?

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
最短4分で広告を掲載できる『忍者AdMax』




google_ad_client = "ca-pub-9608738345170826"; google_ad_slot = "6876733194"; google_ad_width = 300; google_ad_height = 250;

スポンサー

スポンサー