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昭和の時代劇を語る上で絶対的な存在であった能村庸一氏。その能村庸一氏を師匠と言っている春日太一さんの記事を紹介させて頂きます。

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0 - 春日太一の木曜邦画劇場

名プロデューサーだった師・能村庸一氏を悼む――春日太一の木曜邦画劇場

週刊文春 2017年12月28日号 より引用

二〇一七年、時代劇製作に貢献されてきた方々が多く亡くなった。中でも痛恨事は、筆者をこの世界に導き、支援してくださった大恩人でもある、元フジテレビの能村庸一プロデューサーの死だ。

今ではすっかり勢いを失ったが、九〇年代のフジテレビは何をやっても上手くいくような状況で、時代劇でも『鬼平犯科帳』『御家人斬九郎』などの名作を次々と送り出していた。そして、そんなフジの時代劇を統括していたのが能村プロデューサーだった。彼の名前のクレジットは、それは「この作品は面白い」と保証するブランドロゴとして光り輝いているように思えた。


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この時代はまだテレビ界の景気も良く、フジも製作費を躊躇なく出し、また能村プロデューサーもその予算を現場に惜しみなく投入したため「テレビ」という枠を超えた贅沢な作り方ができた。

そして、その出来栄えの良さが評価され、テレビ放送の後に単館ながら劇場公開された作品も生まれている。それが、今回取り上げる『帰って来た木枯し紋次郎』だ。

市川崑監督が世界有数の技術力を誇るスタッフたちの作ったプロダクション・映像京都と組んで大ヒットさせたテレビシリーズ『木枯し紋次郎』(七二年)の続編にあたる作品で、市川監督をはじめ当時と同じスタッフ編成が組まれ、主人公の渡世人・紋次郎も引き続き中村敦夫が演じた。

強い人間不信を抱きながら当て所ない旅を続け、困った人を見かけても「あっしには関わりねえことで」と背を向け、それでも根の優しさのために事件に巻き込まれる紋次郎。今回は、命の恩人(加藤武)のための戦いが描かれる。

驚かされるのは、そのセットの充実ぶりだ。時代劇のセットはちゃんと作ると途方もなく予算がかかるため、特にテレビの場合は数を減らそうと省略したり使い回されたりしがちだ。が、本作では、農家、茶屋、商家、旅籠など、使われる場面の長短に関係なく数多く建てられたのだ。中でも養蚕小屋のセットはさほど映らないにもかかわらず、巨大な二階屋になっている。

しかも、いずれのセットでも小道具や装置が隅々まで配置され、当時の生活の痕跡まで完璧に再現されていた。一切の手抜きなく細部まで丁寧に作り込まれた数々のセットの織り成す、まるで往時の時代劇映画を蘇らせたような贅沢な映像は、たしかに「これは大スクリーンで観てみたい」と思わせるものがあった。

一時は死にかけた時代劇を再び生き返らせんとした能村プロデューサーとフジテレビによる「九〇年代ルネッサンス」。その志を胸に改めて刻み込み、亡き師の供養としたい。

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